2016年末にドラマ《ドクターX》に出演させてもらったときのエピソードをお話しします。

この作品が2度目の共演だった女優さんがいたんです。
その方は泉ピン子さん。

泉ピン子さんとは1994年に制作したドラマ《腕まくり看護婦物語》でお仕事を共にさせて頂きました。
《ドクターX》の撮影の初日、メイクルームでメイクをしていると、突然泉さんがメイクルームに入って来られました。
すぐさま僕は反応して「王役の矢野浩二と申します。よろしくお願い致します」と挨拶をすると、
泉さんが「あら、まあ~あなた、前にNHKか何かのドキュメントで出てたでしょ?」
突然の問いにびっくりしました。
ただ僕は「は、はい。そうです!」とぎこちない反応。
泉さん「あなた中国でいろいろ経験したんだね。私見たよ!ドキュメント!」
その時おもいました。やはり泉さんは23年前の事、忘れられてるんだと。
実は以前、非常に勉強になった経験があったんです。

 ドラマ《腕まくり看護婦物語》の中で、僕は初めて名前とセリフがある役を与えられました。
テンションは高まり、「これで役者としての名前を上げてやる!」と気合を入れて撮影に臨んでいました。
ただし、気合を入れるのは、演技だけにすべきでした。
どこの馬の骨とも知れない若手俳優なら、現場では「勉強させていただきます」という姿勢を貫き、なるべく目立たないようにしているでしょう。
ところが、自分のいちびり精神が出てしまったんです。
なんとか自分をアピールしようと、積極的にスタッフや俳優陣の会話の輪に加わっていった。
それだけならまだしも、調子に乗って、当時の師匠・森田健作さんの笑い話を次々と披露してしまった。
案の定、スタッフは大笑いで現場は大いに盛り上がりを見せた。自分はその結果にすっかり満足していたのだが……。
その後、主役を務める泉ピン子さんから、楽屋に呼び出しがかかった。
「泉さんからのお呼びや!なんだろう?気に入ってもらえたのかな?」
期待半分で自分は泉さんの楽屋に向かいました。
 「失礼致します!」と部屋に入ると、泉さんはソファに座っている。
 彼女は僕を一瞥し、「あんたねぇ。なにオモシロおかしく森田さんのこと喋ってんの? 自分の師匠だろ?あんた最低だな!!馬鹿野郎!!!」
何の前置きもなく、独特のドスの効いた声で叱咤する。
「私なんて、ウィークエンダーの頃からねぇ…」とそこから彼女の昔話にさかのぼり、お説教、いやいや!!お叱りは2時間続いた。
その間、自分は直立不動で涙を流し、ただ「はい」「ほんまそうです」「そんなつもりじゃありませんでした」というしかなかった。23歳でしたからね。
 
その日の撮影が終わった後、再び泉さんの楽屋に足を運びました。
「今日はいろいろとご助言をいただき、ありがとうございました!」と挨拶。
すると、「うん、しっかりね!」と、先ほどの迫力のあった顔からは想像もできない笑顔が返ってきました。
25年も前の出来事。いろんな意味で、僕にとっては衝撃でした。
芸能界の厳しさ、そして人としての態度がどうあるべきか、そういうものを教わった。
泉さんに叱られた経験が、後々の自分の人生にとって大きな“喝”の記憶として良い教訓になった。

今、泉さんの脳裏には僕の事を「中国で頑張った日本人」と認識してもらっている。
25年前「お前最低だ!馬鹿野郎!!」から考えれば、自分も少しは進歩したのかなと思える。
「お前最低だ!馬鹿野郎!!」
今となっては僕にとって思い出の宝ですね。
なんか怖くて未だにあの日の事を話せずにいますが、励ましのお言葉をもらったことで、改めて「中国に行って良かった」、「正解」だったと心からそう思えます。

矢野浩二

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