ここ最近、中国の芸能界に進出したいという声を各方面から聞きます。
面識はないですが、知り合いを通じて中国へ進出したいという俳優。
何かアドバイスは?と問われ
「一にも二にも、先ず言葉です。中国語をマスターしてください。最低限コミュニケーションとれるレベルまで」と答えました。
言葉ができないと仕事はできませんからね。
それに撮影現場は通訳を通して仕事は出来るかもしれませんが、中国の監督やスタッフは通訳を通してではなく、ダイレクトに役者とコミュニケーションをとりたがる。通訳を入れると面倒ですから。

事務所の上司からも連絡があり、「矢野君、中国の事務所紹介してくれんか。」と。
いきさつを聞くと、以前事務所に所属していた方が、北京で生活するらしい。語学は出来るとの事。
そういうことか~。
それなら語学が出来るということで、先ず自分で北京に入って芸能関係の人たちと積極的に交流していく。
中国の芸能界は日本の芸能界と違って、プロダクションに入らなければ仕事にありつけないということはありません。
個人で仲間を築いていけば、そのつながりで仕事に発展することは多々あります。
最初は自分でやってみていく、そうすることで事務所との出会いも生まれる。そういうアドバイスをしました。

こういう、“中国デビュー” を目指して頑張ろうとする人たちを見ると、18年前の初北京の自分を思い出します。
何もわからない白紙の状態で行きましたから。
最初は友達もいない、仕事もない、お金もない、ないない尽くしでした。
中国語もニーハオしか話せませんでした。
毎日家でテレビを見ても、何言ってるか聞きとれない。それでも見る。
最初のころは、外出しても言葉が話せないので、億劫で家に籠ってました。
長年付き人をしてたせいか、孤独に慣れていた。
なぜなら365日師匠に仕える付き人には、自分のプライベートなんてないですから。
人に尽くす、孤独に自分との闘いでした。
だから、毎日家に籠ってても寂しくなかったですね。

でも、この僕の孤独の習慣化にカツを入れたのが、中国初作品「永遠の恋人」で現場通訳をしてくれた徐さんでした。
2002年1月のある夕方、突然徐さんから電話。
「矢野さん、何してるんですか?」
「え、何って、いつもの通り、家でテレビ見てるよ」と僕が返すと、
あの温和な徐さんが突然感情的になって「家にいるんですか?!今日矢野さんの誕生日でしょう!今から迎えに行きます!用意しててください!」
僕としては「?????」
なんでそんな怒るの?

実は中国の人たちは、身内や仲間の誕生日を非常に大事にします。
一人で誕生日を過ごすなんてもっての外!
付き人時代、一人誕生日に慣れてる自分にとって徐さんの怒りは衝撃的でした。
孤独が習慣化してることに気づかなかったんです。
怖いことです、今考えれば。
ここでは、生活を仲の良い家族や仲間で楽しもうという思いが強いと感じました。

30分後、徐さんは迎えに来てくれて、レストランに案内してくれました。
予約されていた部屋に入ると、徐さんの親や兄弟、親戚、友達、総勢20人近くが僕を迎えてくれた。
異国で生活を始めた外国人にとって、これほど有難いことはありません。
その日は慣れない白酒を無理して飲む。
小さいコップではありますが、中国では乾杯すればそれを飲み干さなければなりません。
白酒56度です。
結果、便器を抱きかかえるはめに。。。

今、考えればいい思い出でした。
これから中国デビューを目指そうとする人たちは、僕と同じような事を経験する必要はないですけど、
その土地に住んでる人たちに“仲間”と思ってもらえるように頑張ってもらいたいですね。
そこから、未知の可能性が生まれてきます。
祝你们好运!!!

矢野浩二

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