「これでええのかな?」と思えることによく出くわす。

先日、お盆の帰阪時。
無事に墓参りを終え、新大阪駅で子供の友達にお土産を購入しようと、お土産選びに奔走してると、あれよあれよと時間が経ってしまう。
予想以上の時間を費やしてしまい、気づいて時計を見ると、新幹線出発5分前!ヤバイ!
レジ周辺を見ると、大勢の客が並んでいる。
この状況を見て、「これは間に合わん!」と思い、自己判断でレジカウンターの店員の方へ。
店員の女性に「すいません。新幹線が。。時。。分に出発します。間に合わないので、先に精算出来ますか?」と聞いたところ、忙しいのか?聞いて聞かぬふりしているのか?「え?ええ~~。。」と作業をしながらイエスともノーとも言わず、困った表情。
こっちが更に「時間ないんです!すいません!お願いします!」と言っても反応せず。
結局、買おうとしていた商品を戻し、ホームの方へ走って行きました。
無事新幹線には間に合いましたが。。

勿論、時間のチェックを怠ったから生じたことです。
悪いのは明らかに自分達です。
でも、生じてしまった事は仕方がない。
恐らく店員さんから見たら「あなた達が、時計をチェックしてないからでしょう?」
僕のような状況の客を受けていたら、切りがない。
他の人も『先に精算して!』と言ってくるかもしれない。
その理由は理解できる。
でも、何か冷淡さを感じる。

ある外国のコーヒーショップに毎朝モーニングを食べに訪れる客がいた話を思い出しました。
その客は毎朝利用することによって最終的に、その客が懇願したのか、店の人が勧めたのか知りませんが、その客のマイカップがコーヒーショップに置かれるようになった。

勿論、その客が毎朝利用した特権で成立した事だと思いますが、でもコーヒーショップの店員は、その客に特別優遇を与えた事によって、「今後、同様にマイカップを置いてくれと要求する客が出てくるから大変だ。」と思うだろうか?
多分思わないでしょうね。
同様な要望をしてくる客が出てくるかもしれないし、出てこないかもしれない。何れにせよ、その時考えればいいって感じかも。

勿論、僕のお土産店での件と、このコーヒーショップの件は全然状況は違います。

日本の、「みんなは公平に並ぶ」「如何なる人も厚遇は許さない」姿勢を強く感じる。
「時計をチェックしなかったお前が悪い。
だから、お前を、ずっと並んでいた人より先に精算するわけにはいかない」のような思いを感じる。
そこに寛大な思いのカケラもない。

冷たさだけが残る。

中国でもそういう状況をよく見ます。
例えば空港などで。
その人は恐らく交通事情で空港に着いた時間が遅れたのだろう。
発券カウンターでは長蛇の列。
その人は焦ってカウンターの人へ「あと5分で搭乗時間なんです!先にお願いします!」
先に並んでた人は少し嫌な表情はするが、仕方ない「先に行って」と促す。
それに対してその遅れた人に冷たい目線を浴びせるものは、ほとんどいない。
仕方がないという空気。
無言の許す空気がそこにある。

中国の人たちに比べれば、日本の空気感って許す空気がないように思う。
そういう人に対して「この常識知らず!」的な見下げる部分があるように思う。
日本人は余裕がないのか?他人に優しくないのか?
それとも。。

僕の件は明らかに時計をチェックしなかった僕が悪いです。
でも、ルールや常識、マナーを重視するあまり、緊急の状況で常識を守れない人に対しても一歩割り切って許してもらいたいなと思う。
そこに、優しさが生まれ、優しさを感じる。
そういう暖かい空気感を感じられる世の中にしていかないと。
何事も『明日は我が身』と思えば、他人を許せることはそんな難しいことでないはず。

なぜ明日は我が身と思えないのか?
これだけ地震や災害が多く、危機感は他の国の人より強いと思うのだけど。
『喉元過ぎれば。。』になってないか?と思ってしまう。
明日は我が身。忘れるな!!

矢野浩二

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