イチローさんが、自身が長年関わってきた少年野球大会「イチロー杯」で表彰式に出席した際に
少年達に最後のメッセージを送りました。
「自分自身は自分で鍛えてほしい」ということと「外を体感してほしい」ということ。

詳しくは「僕が27、28の歳にアメリカに渡って大リーグに挑戦したわけなんだけれども、外に出て初めてわかること、調べれば知識としてわかることであっても、行ってみてはじめて分かることってたくさんあって。。。やっぱり外に出て、傷つくことだってあるし、楽しいことももちろんいっぱいある、勉強することはいっぱいありました。それを知識として持っておくのではなくて、体験して感じてほしい。それで自分なりに解釈して、自分が育った日本という国は素晴らしいということを外に出ればすごく感じると思う。そういう経験をできれば将来、みんなにはしてほしいな、というふうに思います。今まであった当たり前のものというのは、決して当たり前ではないというふうに気づく。」

私も中国で16年間生活し、気づかされた事、沢山ありました。
日本の常識が世界の常識では全然なくて、むしろ「違うんじゃないの?」と懐疑的に思うこともあります。

日本では、撮影現場で先輩俳優が、スタッフから用意された椅子に坐らず、ずっと立っているということをたまに聞きます。

その状態で居心地が良ければそれでも良いと思います。
でもずっと立っていることが、イコール、真剣にこの作品に向き合っているということには決して繋がらないのではと思います。

真剣に真面目に取り組んでいる姿勢は、坐っている、坐っていないで測るものではないと思います。

後輩の俳優は「先輩が坐っていないから、自分も坐れない」という雰囲気を作ってしまうこともあるかもしれません。余計な緊張感が生まれます。

中国では、自分のシーンが終われば、「次のカットの準備があるので、休んでて下さい」とスタッフからすぐ促される。
段取りをわかっている俳優なら、自分のカットが終われば、スタッフに確認して、自分の休憩場所に戻る。
自分のシーンの撮影がなければ、椅子に座って次のシーンの台本を見て自分の中で状態を作っておくのが、効率的という考えが定着している。

逆に自分の撮影シーンもないのに、突っ立ってると、「何かあるの?」とスタッフが余計な心配をしてしまうぐらい。逆に現場の邪魔にもなりますしね。用がなければ自分の待機場所に戻る、出番がくれば呼ばれる。ごく簡単な流れなんです。
坐ることが、『楽してる』という感覚はないです。

これは外国での撮影を何度も経験しているから感じること。
日本にずっと居ては気づけないことです。

私達は日本人ですから、外国で感じる「日本人としての誇れる事」というのは自分の中で持っていればいいと思うんです。

ただ、大事なのは外国にいて、そして外国の人と交流することによっての気づきです。
これは自己見識を拡げます。

イチローさんが仰ってるように、外に出る、外国の人と繋がるということは、教科書で得られる知識よりも、実用的です。

外国語を勉強しよう!と一念発起して沢山参考書を買ったところで、そういう書物は、実際、現地の日常生活であまり使われない固いフレーズばかりです。それと同じで、その国の言葉を学ぶなら現地で学ばないといけない。

私は常に『気づき』を欲しています。
だから、今でも日本に居ながらにして、中国の皆さんとも繋がっている。

来年も内から、そして外から学んでいきます。

矢野浩二

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