小泉環境相の育休取得が話題になっています。

以前にも話した事はありますが、昔の日本人は「家庭より仕事を優先させる」という考え方の人が多いです。
中国では昔も今も「仕事より家庭を優先させる」という考え方の人が多いと思う。

育休が制度としてあっても、それを取得しずらい環境。
立派な保障がちゃんとあるのにそれが使いづらい状況がなぜ生まれているのか?
「家族」というものに対する思いの欠落ではないかと感じます。
個人的な話になりますが、2010年9月、私の妻が子供を出産しました。
当時は北京でドラマ«母として»の撮影中だったんです。

「浩二の奥さんがまもなく出産する」ということはマネージャーから制作サイドに連絡してあり、制作チームは出産予定日の前後10日間、私の撮影スケジュールを入れないという配慮をしてくれていた。
結局、予定より2週間早い出産だったために彼らの配慮も活かせなかったわけだけど、それでも私のスケジュールを空けるよう対応をしてくれた。
それに対して誰一人「なんだよ!浩二だけいい身分だな!」という僻みやっかみの声は一切ありませんでした。
出産という大事な時期に特別待遇で対応するのは当然の事なんです。

出産間際に妻と赤ん坊のそばについていられるようにという気配りをしてくれた。
中国では他にも、家族が病気であったり不幸に遭ったりした状況でこのような対応をしてくれる。
「他の何よりも家族が大切」という観念が根底にある。

日本では遠慮という礼節があるため、たとえ家族のことであったとしても“私的なことで他人に甘えられない”雰囲気が至るところにあると思う。

例えは変わりますが、「親の死に目に会えると思うな」という言葉があります。
今ではあまり聞かないと思いますが、僕が俳優の道を選んだ頃にこのような言葉を良く聞かされました。

私が23歳、東京で付き人生活をしていたある日、大阪の姉から電話があった。
「母さん死んだで…」

1年前から余命1年と医師から聞いていた。
骨隋性異型成症候群、骨髄の癌だ。

母が亡くなったその日は、すでにスケジュールが決まっていました。
自分がいないことで、周囲の仕事仲間には迷惑をかけられない。
姉の電話を受けた後、まずはじめに考えたのはそれだった。
結局、大阪に帰ったのは翌日。
母の死に目には会えなかった。
母が逝く時に看とってあげられなかったことを、今でも後悔するときがある。
そんな理由からか、私はいつも母の写真を撮影先のホテルの一室に飾り、横に水を置くようにしている。

もし、これが中国だったらこうはならないだろうなぁと。
親が大変な状況だったら「早く帰りなさい!」と上司や同僚は促すだろう。

日本人の美意識と礼節は偉大です。
ですが苦しみを美徳とする日本人って何だろう?
個を捨てて団結を重んじる日本人ってなんでしょうね?
団結を重んじるあまり、互いの境遇を配慮し合う気持ちが欠けているんでしょうね。
「みんな大変なんだから、あなただけ特別待遇はできない」って声が想像できます。
僕はそういう声にこう答えてやります。
「それは特別待遇でもなんでもないですよ。ごく当たり前の人の優しさなんです」と。

矢野浩二

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